日本人が貰った言葉/阿久悠さん特集を読んで

最終更新: 11月13日


 雑誌「東京人」2017年9月号の特集<阿久悠と東京(生誕80年、作詞家活動50年、没後10年)>、80ページ近くにも及ぶそれは、戦後から平成に掛けての世相を、阿久悠氏の詞を通し、関係者等の証言、思い出、そして貴重な資料によって綴られる。

 私事、18歳という遅さで音楽を始め、それを生業としようとしたこともあって、当時隆盛を極めていたフォーク、歌謡曲、ポップスなどにはまったく興味が向かなかった。中略……地方公演の打ち上げも三次会四次会となれば、カラオケスナック(Boxではなく)に行く事も間々あるのだが、これが意外に嫌ではない。何も知らないのだから、いくら勧められても歌う曲は無く、だた呑む、それも普段呑まないウィスキーの水割り。人が歌うのを聴き、モニター画面の詞を読むのは好きだ。こういうときでもないと歌詞と向き合うことも無かった。店中大合唱になっても初めて聴く曲だったりしながら、大ヒットした所以に納得した。


 誌にある阿久悠氏の詞の数々、流行音痴の私でもけっこう思い出す曲があった。意識的では無くも、テレビ、ラジオ、街、どこかで聴いてきたのだ。いまそれをこうして文字で読めば、なぜあれだけ多くの人に長きに渡って受け入れられているかが分かる。

 日本語を母国語とする人を日本語人=日本人と認識する。その日本人に向け、移りゆく時代の中、これ以上ない言葉を選び、独自に組み合わせ、世に名曲を送り出してきた氏。それは日本人に寄り添い、突き刺さった。現代を生きる歌手、作詞家、我ら作曲家、演奏家、そして多くの聴衆は、これからもこの残された言葉を噛み締めるのだろう。


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