古澤さん、10回忌



2011年1月12日、 64歳で早逝した古澤良治郎氏、今年はもう10回忌。

古澤さんの叩くドラムス、そして大切にした自分のバンドで演奏し続けたオリジナルの数々は、数枚のアルバムとして残り、今でもいくつかは購入することができる。しかし残念なことに、もはやそれらの曲を巷で耳にすることはほとんどない。どれだけ素晴らしくとも、鬼籍に入れば、バンドも消滅し、曲が演奏される機会は激減する。古澤さんの楽曲は今の時代でも未来でも親しまれること確実、かつ普遍性を持ち、教科書に載っていてもと思うほどだ。私も時々演奏を試みるが、やはりドラマー古澤良治郎の不在は大きい。





人間の脳は、”知能”と”意識”という働きに大きく分けられるという。古澤さんは意識に”超”が付くほど敏感繊細な人だった。「感情」「センス」「さまざまな配慮」そしてそれらを元に膨らむ「想像力」「創造力」。写真の通り、ラッコ髭おじさんの風貌だったので、気どることなく、気を使わせること無く、かえって良く弄られても居た。しかし中身は”超”だったのだ。上から見ることなど決して無く、常に遠くと深くを見ていた。それは歴史と、思い浮かぶ景色と色彩だ。




CD「たまには/古澤良治郎」

私は自分も参加しているだけに今まで言いにくかったのだが、もはや申し上げれば、これは日本のオリジナルミュージック(楽曲・バンド編成・演奏・オリジナリティ)の最高傑作だと思う。古澤さんが一生を掛けて、プロデューサー川村年勝氏と二人三脚で作った音楽だ。



集合写真は、1978~9頃、秋田の「ロンド」(今もある)でライブを行った時のもの。

前列>右から古澤さん、向井滋春氏、高橋知己氏、

中列>小生、古澤弟子、大徳俊幸氏

左端>望月英明氏


古澤さんについて詳しくはこちらもどうぞ>



#古澤良治郎

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